更新日:2025年07月30日

今こそ取り組む! BCP(事業継続計画)入門

後編

6つのステップで進める、
BCP策定の勘所

BCP(事業継続計画)はどのような手順で策定していけばよいのでしょうか。どの程度の粒度でリスクと影響を認識し、対策を立てるかは、策定するBCPのレベルによって異なりますが、やるべきことの流れに大きな違いはありません。後編では、BCP策定の支援について豊富な実績をお持ちの大滝綾乃氏に、BCP策定における6つのステップについて、個別にポイントを解説していただきます。

BCPの基本方針を立案する
~「何のためにBCPを作るのか」を自分の言葉で書く~

これから、入門編BCPの基本構成に沿って、その手順を解説していきます。

最初のステップは、基本方針の策定です。何のためにBCPを策定するのか、その目的を経営者自身の言葉で書いてみてください。それが終わったら、その基本方針をブレークダウンしていきます。最優先とすべき「人命第一」と、社会的責任である「供給責任」「雇用責任」「地域貢献」の観点で、基本方針をより具体的に決めていきます。

自分の言葉で書くのは難しいと感じるかもしれませんが、実際に経営者の方々が作った基本方針を拝見すると、言葉の選択や項目ごとの比重の置き方などに個性が出ています。日ごろから従業員の皆さんに伝えている内容が反映されてきますので、これを機会に言語化してみてはいかがでしょうか。経営ビジョンの作成にも役立つと思います。どうしても言葉が浮かばない方は、自治体などが配布している資料の記入例を書き写して、しっくりと来ない部分を自分の言葉に書き換えてください。こうして定めた基本方針は、従業員の方々に説明し、考え方を共有することが大切です。

●基本方針の策定例
【BCP策定の目的】

本計画は、自然災害や伝染病等、事業の継続を危うくする各種リスクの発生時においても、従業員とその家族の安全を確保しながら事業を継続、あるいは早期の営業再開を実現することにより、従業員とその家族、お客様、お取引先、地域への責任を果たすことを目的として策定する。併せて、想定外のリスクに直面した際に、被害の回避や最小化を可能とする危機対応力の強化を図る。

【基本方針】

当社は、以下の基本方針のもと、緊急時における事業継続への対応に取り組む。

人命第一
お客様、従業員とその家族の身体的な安全をすべてに優先させる。
供給責任
レストランはお客様に活力を与える場である。当社の店舗での飲食を楽しみにしてくださるお客様に対し、店舗の営業を継続し、やむを得ず休業をした際も、早期に再開することで、お客様への安らぎと楽しみを提供する。
雇用確保
従業員は当社にとって志を同じくする仲間であり、家族同然の存在である。従業員の雇用を守る。そのためにも、店舗の休業や業務範囲の縮小を最低限に抑え、経営の安定に努める。
地域貢献
当社は地域社会の一員である。地域の人々にとってなくてはならない存在として事業を継続することによって地域の活力を守るとともに、必要とされる経営資源を可能な限り提供し、地域活性化や早期復旧に貢献する。
静岡県「業種別BCP記入例 各種食料品小売業」を参考にfujimakで編集

重要業務と再開時期の目標を立てる
~「何をやり、何をやらないか」を決めておく~

災害が発生してその影響が自店に及ぶと、人(経営者と従業員)、モノ(ライフラインや施設・設備、食材など)、カネ(資金)、情報という経営資源のすべて、あるいは一部に制約が生じます。経営資源が限られる以上、平時と同じ業務遂行が難しくなりますので、優先すべき重要業務(事業)と、その重要業務を行うために、「何をやり、何をやらないのか」の方針をあらかじめ決めておきます。前編でご説明したように、最初に何をやるべきかを決め、そこに経営資源を集中させるわけです。

例えば、優先すべき重要業務にテイクアウトでのメニュー販売を選んだとします。地震で店舗に損傷があった場合、テイクアウトに再開に必要な厨房や店頭の復旧が最優先となるはずです。気になるでしょうが、客席の復旧は「やらないこと」として後回しにする割り切りが必要です。

重要業務については、「いつの再開を目指すのか」という目標復旧時間を決めておきます。一般的に、震度6弱の地震であれば、電気と水道の復旧までに1週間、都市ガスだと2週間かかる場合が多いようです。主要な厨房機器の熱源が電気かガスかにもよりますが、カセットコンロで調理可能なメニュー構成にして1週間でテイクアウトを再開する選択もあるでしょうし、思い切って2週間休業し、イートインの営業再開に向けた準備をするといった決断もあり得ます。

南海トラフ地震におけるライフライン復旧(95%)期間の予測
地域(府県) 上水道 下水道 電力 都市ガス 通信(携帯電話)
東海(静岡、愛知、三重) 約6~7週間 約1~3週間 約1週間 約4~6週間 数日間~約1週間
近畿(和歌山、大阪、兵庫) 約2~4週間 数日間~約2週間 数日間~約1週間 数日間~約5週間 数日間
山陽(岡山、広島、山口) 約1~3週間 数日間~約2週間 数日間~約1週間 ~約2週間 数日間
四国(4県) 約6~8週間 約3週間 約1~2週間 約2~4週間 数日間~約3週間
九州(大分、宮崎) 約4~6週間 約5週間 約1週間 約2~3週間 数日間

出所:内閣府「南海トラフ巨大地震の被害想定について (施設等の被害)」(令和元年6月)

首都直下地震における東京のライフライン復旧(95%)目標日数
地域(都) 上水道 下水道 電力 都市ガス 通信(携帯電話)
東京都 30日間 30日間 7日間 60日間 14日間

出所:東京都「首都直下地震等による東京の被害想定」(令和4年5月25日公表)

被災状況を想定し、被災による事業への影響を予測する
~ハザードマップを活用。必要な運転資金も把握しておく~

講師の大滝綾乃氏

ステップ2で優先すべき重要業務や目標復旧時間を決めるにあたって、多くの方が、「でも、うちの店舗の被害が大きかったら、計画した通りにはいかないはず」とお考えになるはずです。そこで、ステップ2と連動する形で、ステップ3として自店の被害を想定します。

人、モノ、カネ、情報について、それぞれどの程度の被害を受けるのか、そして、その被害によって、事業にどのような影響があるのかを予測し、整理します。被災想定の手がかりとなるのが、前編でご紹介したハザードマップです。感染症については、「国内で発生した段階」「感染拡大期」「まん延期」といった発生段階ごとに、被災想定と影響評価を行います。

影響評価では、人であれば「けが人の発生」「出社困難者〇名」、モノであれば「停電によって要冷蔵の食材〇日分が廃棄処分になる」「厨房機器が倒壊・損傷して調理ができなくなる」などと記載していきます。情報については、過去の災害で、パソコンやスマートフォンが壊れたり流されたりして、顧客情報や財務情報が閲覧できなくなってしまった例などがありました。

カネについては、被災によって損害を受けることが予想される設備などの金額と、営業休止で途絶える収入(売上高)、復旧費用を見積ります。営業ができない期間でも、運転資金は必要です。給与支払いなどの人件費や、光熱費の支払い、食材仕入れの支払いなどが発生しますので、1週間ぐらいの単位で資金需要を計算し、被害想定に応じて預金などの形で持っておくことが大切です。

影響の軽減と、早期の事業再開に必要な事前対策を検討する
~保険は「想定被害をカバーしているか」を確認し、保障内容を見直す~

災害時の事前対策として、事業規模に応じて非常用の発電機を導入するケースが増えています

今度は、被害を最小限に抑え、事業を継続するために何をするべきかについて、人、モノ、カネ、情報の角度から検討します。

例えば、人について、「重要事項のすべてを1人で切り盛りしている経営者が店に立てず、事業のすべてが止まる」という影響評価をしたとします。すると、「災害時の運営代行者を養成し、代行が可能となるように情報共有を進める」などの対策が必要でしょう。モノであれば、「地震で冷蔵庫やオーブンなどの厨房機器が倒れる」被害があると、「主要メニューの調理と保存が困難になり、業務を継続できなくなる」影響が想定されますので、「オーブンと冷蔵庫を床にアンカーボルトで固定する耐震工事を行い、機器の倒壊を防ぐ」などの事前対策が必須となります。

事故や災害によって発生する損失に対して、資金面での対策を講じることを「リスクファイナンス」と言います。ステップ3で触れた運転資金の確保もその一つです。ここでは、ハザードマップで確認・想定した被害をカバーする保険に入っているかどうかを点検し、不足があれば契約を変更するなどの手当てをすることが重要な事前対策となります。必要な保障と加入している保険の中身にはギャップがある場合が多く、特に、地震特約や水害特約の契約割合が低い傾向にあります。見積もりをとって、自社に必要かどうかを検討しましょう。前編でご紹介した中小企業庁の「事業継続力強化計画(ジギョケイ)」を作成し、認定を受けていると、保険料が割引になるケースもあります。

事前対策は、それぞれ、「誰が」「いつまでに」「何をやるか」を明確にしてください。感染症対策の場合は、感染症の発生段階ごとに対策を立てます。事前対策の中には、一定の投資が必要となるものもあるはずです。例えば、停電に備えて非常用の発電機を購入する、水害に備えて止水板や排水ポンプを購入する、当座の営業に必要な物資を備蓄する、などです。ジギョケイを策定して認定されると、設備投資の際に低利融資が受けられたり、補助金の審査の加点になったり、一部の資産について減価償却の優遇が受けられたりする場合があります。

緊急時の体制を整備する
~初動時にするべきことを従業員も確認し、準備~

災害が発生すると、人の動き方も変わります。災害発生直後の初動対応の組織や、時間経過とともに復旧体制へ移行する組織を整備するとともに、その統括責任者とその代理責任者を決めます。

初動活動は、例えば、「従業員とお客様の避難・誘導」「従業員とお客様の安否確認」「被災した従業員・お客様への対応」「初期消火(火災の場合)、止水板設置など二次災害の防止」「地域への対応」などが挙げられます。経営者だけでなく、従業員が自分に割り当てられた初動活動を確認して準備しておくことが重要です。緊急時の連絡網も作成しておきましょう。

定着を図り、定期的な見直しで改善を重ねる
~訓練で課題を見つけ、ブラッシュアップしながら「生きたBCP」に~

BCPは「作ったら終わり」ではありません。策定したら、次に必要なのは組織内への定着です。計画を風化させないように、BCPの内容を従業員と共有し、災害が起きたらすぐに動けるように、主に災害を想定した訓練を実施してください。実際にうまく動けなかったことなどを課題として共有し、改善します。この繰り返しで「生きたBCP」を作り上げていっていただきたいと思います。

従業員が入れ替わることもありますから、訓練も定期的に行う必要がありますし、情報の更新も欠かせません。例えば、連絡の取り方については、かつては固定電話が一般的でしたが、それが携帯電話へと変化し、現在ではSNSを活用した連絡が主流になっています。

ジギョケイは、3年ごとの計画見直しが推奨されています。認定事業者に対しては、次回認定を受けるために中小企業診断士の派遣によるブラッシュアップのサポートもあります。見直しをきっかけとして、BCPのレベルアップに取り組むのもよいのではないでしょうか。

前編でも申し上げましたが、BCPは「まず作ってみる」ことが大切です。作れば何らかの気づきがあります。是非、自然災害や重大なリスクが発生する前に行動を起こしていただきたいと思います。

講師紹介
オオタキ経営
中小企業診断士
大滝綾乃(おおたき・あやの)
会計事務所勤務と産業支援機関勤務を経て、2021年4月に静岡県藤枝市で起業。食品製造業や飲食店等の小規模事業者を中心に、創業支援や開発支援、事業計画策定支援を行う。静岡県内の商工会議所・商工会から依頼を受け、毎年10件超のBCPおよび事業継続力強化計画の策定支援を行っている。(一社)静岡県中小企業診断士協会の理事を務めている。

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