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fujimakとの仕事

「フィット感のいい厨房」が
できあがる

熊谷 喜八ムッシュ(株式会社フードクリエイション)

見せるキッチンの
パートナー

fujimakとお付き合いしている料理人としては、私は長いお付き合いをしている一人です。1977年に葉山の「ラ・マーレ・ド・チャヤ」の総料理長に就いたとき以来ですから、もうすぐ45年になります。それ以降に私が手がけたおよそ80の店舗はすべてfujimakにお願いしています。

私は、「見せるキッチン」であるオープンキッチンにこだわっていました。訓練された姿は美しいものです。料理人たちが訓練された姿で料理を作る風景をお客様に見ていただきたいと思っていました。しかも、地価が高い都心に多く店を作っていましたから、限られた空間を床から天井まで無駄なく使いたい。そのための厨房は、機能的で、かつ美しくなければなりません。機器を縦横に並べただけというメーカーもある中で、fujimakは、私の店づくりに対する思いを図面に反映し、機能的で美しい厨房を作り続けてくれました。フィット感のいい厨房に仕上がってくるんです。

切磋琢磨しながら、
ともに歩んで来た

無理難題も多く言ってきましたよ。オープンキッチンで圧迫感をなくしたいから、フードの一部を透明にしてほしいとか、間口が60mある大型店の両端に左右対称でオープンキッチンを作ってくれとか。全部、嫌な顔一つせず形にしてくれています。しかも、細かなところまで目配りが利いているんですね。フライヤーでいえば、調理で飛んだ油が機械の裏側に落ちたりしないように、きちんとすき間を埋める形で設置されていたりします。仕事が終わった後に掃除がしやすい厨房は、いい厨房です。

あるとき、「冷蔵庫の取っ手が邪魔なんだよね」と言ったら、しばらくして、扉がフラットで、取っ手のない冷蔵庫が商品になっていました。ちゃんと現場の声を商品設計に反映しているのですね。そんな社員の人たちは、普段は賢そうなのに、開店準備では現場に入って汗をかき、肉体労働をしています。人も商品も設計も、いろいろな意味で、fujimakは日本でトップ、一流の厨房機器メーカーだと思いますよ。そんなメーカーと私は切磋琢磨しながら、ともに歩んで来たという実感があります。絶大な信頼を置いています。

ノウハウをすべてのユーザーに

一流から超一流になっていただきたいので、あえて苦言を言いましょう。組織が大きくなって、仕事が縦割りになっているような気もします。オーナーのリクエストに忠実であることだけが、プロの仕事ではありません。その要望が作業性や快適性を落としかねないのであれば、「こうした方がいいですよ」ともっとアドバイスをした方がいいですね。営業が持ってきた話であっても、設計部門などにはノウハウの蓄積があるのですから、改善案をフィードバックすれば、感謝されるはずです。

厨房は一度作ると、基本的にずっと使います。fujimakに厨房を発注した料理人が、快適で清潔な厨房で腕を振るい続けられるよう、プロとして対等の立場で料理人に接し、ノウハウを惜しみなく提供して、美しい厨房を作っていってほしいと思っています。

熊谷 喜八(くまがい・きはち)ムッシュ

1946年東京生まれ。銀座東急ホテルを皮切りに、1969年より、セネガル、モロッコ日本大使館料理長を歴任後、1972年パリ「マキシム」、「パヴィヨンロワイヤル」を経て、当時ジョエル・ロブション氏が率いていた「ホテル・コンコルド・ラファイエット」でセクションシェフを務める。1975年帰国後、「シルバースプーン」料理長を務め、1977年より葉山「ラ・マーレ・ド・チャヤ」の総料理長を務める。1986年、株式会社サザビーとの共同出資で株式会社キハチアンドエスを設立し、翌年、南青山に「KIHACHI」を開店。現在、株式会社フードクリエイション代表取締役。全日本司厨士協会総本部副会長、食育推進委員長。黄綬褒章受章。現代の名工。

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