料理人の“職業病” Check & Care

第1回

指と手首の病気

お客様が喜ぶ料理を提供するためには、まず、厨房に立つご自身のコンディションを良い状態に整えたいものです。このシリーズでは、調理従事者に患者が多く、一般に「料理人の職業病」などと言われる病気の基礎知識やケアの方法などを、整形外科の領域を中心に解説します。第1回は指と手首の病気についてです。講師は福島県立医科大学・スポーツ医学講座の特任教授で、医学部整形外科学講座講師の加藤欽志医師。国際オリンピック委員会の認定スポーツドクターで、東北楽天ゴールデンイーグルスのチームドクターもお務めです。

【おことわり】
病気の症状や進行度合いは個人ごとに異なりますので、痛みが強かったり、症状が改善しなかったりする場合は医療機関を受診してください。また、薬の服用や注射、手術などには、多くの場合、合併症や副作用などのリスクが伴います。医師の説明を受け、納得した上で治療を選択するよう、お願いします。

料理人は手の痛みで困っている人が多い

体に不調があると、さまざまな業種の現場で、「それは職業病だね」という会話が交わされます。調理の現場も例外ではないと聞きます。「立ち仕事が続く」「スープやソースの入った重い寸胴鍋を持ち上げたり、運んだりする」「重い鍋を振り続ける」「包丁を握り続ける」といったように、体に負荷のかかる仕事をしている人が多い傾向にあります。

医学的な病名として「料理人の職業病」なるものは存在しませんが、ここでは、整形外科を受診なさる患者さんの中に調理関係者が多い病気を中心に、それがどのような病気なのか、どのようなケアや治療の方法があるのかといった内容を解説していきたいと思います。

料理人の皆さんは、手の痛みで困っている人が多い印象がありますので、初回は指と手首周辺について解説をします。第2回では肘と腰について、第3回では足のむくみと下肢静脈瘤(かしじょうみゃくりゅう)、そして夏場にリスクが上昇する熱中症について取り上げる予定です。

指 ~「ばね指」~
ストレッチで腱の滑りを改善

ばね指でばね現象が起こる仕組みのイメージ

基礎知識指の付け根に痛みや腫れなどが起こる

指は腱(骨に筋肉を付着させる、ひも状の組織)によって、曲げたり伸ばしたりといった動きをすることができます。特に手を握る強い力を発揮する筋肉は前腕にあり、その力を腱が伝えます。

指には、指を曲げる腱が浮き上がらないように押さえている、鞘(さや)のような通り道(靱帯性腱鞘=じんたいせいけんしょう)があります。この部分で、腱や腱鞘が炎症を起こすと、腱鞘炎(けんしょうえん)となります。

さらに、この腱鞘炎が進行すると、指の曲げ伸ばし時に「パチン」という、引っ掛かるような現象(ばね現象)が起こります。これを「ばね指(ゆび)」と呼んでいます。ばね指は、腱鞘の部分で腱の動きがスムーズでなくなり、指の付け根に痛みや腫れ、熱感が生じます。朝方にこの症状が強くなる方が強く、日中に指を使っていると楽になることもありますが、仕事に不自由を感じる人は多いです。

セルフケアまずは3カ月間のストレッチを

症状を感じている部分の腱を伸ばすストレッチが推奨されます。ストレッチによって腱の滑りを良くしてあげるイメージです。指先に最も近い位置にある第一関節を曲げないようにして、痛みのある部分の腱を意識して伸ばします。5秒間ぐらいかけてゆっくりと伸ばすストレッチを1日10セットぐらい行ってみてください。痛くない方の手を使って伸ばしてもよいですが、店舗にいるときは調理台やテーブルなどに指をかけて伸ばすと、よりよいと思います。

ばね指は、塗り薬やストレッチで治る患者さんも多いです。まずは3カ月間、このストレッチを続けてみてください。それでも症状が改善しない場合は、病院を受診し、「ストレッチに3カ月取り組んでみたのですが、良くなりませんでした」と伝えてください。

自分の手で伸ばす場合
テーブルなどを使う場合

医療機関での治療最終手段は手術

塗り薬やストレッチでも改善がみられない場合、病院では、腱にステロイドという炎症を抑える薬を注射します。強い効果が見込める一方で、まれに腱が切れる合併症が起こることがありますので、注射の実施間隔や回数に一定の基準を設けている医師が多いです。

ステロイドの注射でも改善しない場合は、最終手段として、腱の滑りを良くするために、症状のある腱鞘を切開する手術をします。特殊な手術ではありませんが、神経を傷つける可能性がゼロではありませんし、嫌なしびれが残るといった合併症も起こり得ますので、医師とよく相談してください。

親指の付け根・手首 ~「母指CM関節症」「ドケルバン腱鞘炎」~
専用の装具で患部を固定

CM関節症によって痛みが出る部分

基礎知識料理人に患者の多い病気の一つ

瓶のふたを開ける、包丁で素材を切る、ハサミで素材を切る、ダスターを絞る―。こうした、母指(親指)に力を必要とする動作をしたときに、手首の親指の付け根付近に痛みが出ると、「母指CM関節症」の疑いがあります。

親指の付け根には、親指が他の指と向き合ってつまみ動作ができるように、大きく動く「CM(手根中手=しゅこんちゅうしゅ)関節」があります。その関節部分の軟骨がすり減り、進行すると関節が腫れ、指を開きにくくなります。放置しておくと亜脱臼(骨が関節内の正常な位置から外れかかっている状態)してきて、さらには親指が変形します。これが母指CM関節症です。老化によっても起こりますが、親指を使う機会の多い料理人は若いうちから発症することも多いです。

ドケルバン腱鞘炎のセルフチェックをするときの動き

また、手首付近の痛みで代表的な病気が「ドケルバン腱鞘炎」です。親指を広げると、手首の親指側に、指を反らしたり、開いたりするときに使う2本の腱が浮かび上がります。その2本の腱(短母指伸筋腱と長母指外転筋腱)の腱鞘炎を、この病気を発見した人の名前に由来してドケルバン腱鞘炎といいます。

親指を握り込んで手首を小指側に曲げたときに、手首の親指側や親指の付け根あたりに鋭い痛みが生じれば、ドケルバン腱鞘炎の可能性があります。妊娠出産期や更年期の女性に多く生じますが、料理人のように、手や指、特に親指をよく使う仕事をしている人にも多い病気です。

セルフケア水仕事対応の専用サポーターで患部を固定

CM関節症もドケルバン腱鞘炎も、安静が一番です。仕事の都合などで難しい場合は、装具(サポーター)を装着します。ばね指は腱の滑りを良くするためにストレッチを推奨しましたが、CM関節症やドケルバン腱鞘炎は、サポーターで患部を固定し、患部にかかる負荷を軽減させるわけです。

親指や手首用のサポーターは数多く市販されています。ただ、サポーターが水に濡れて困っている人が調理の世界には多いと聞きます。特定のブランドを紹介することには躊躇もあるのですが、料理人の方にも評判の良いCM関節症用のサポーターがありますので紹介しておきます。形状修正が可能なアルミニウムプレートを採用した「Push braces」というブランドで、水に濡れても大丈夫です。このブランドのサポーターは市販されておらず、医師の指導のもとに購入する、医療用の装具ですので、医療機関で医師に相談をしてください。

加藤医師が本文で紹介した「Push braces」ブランドのCM関節症用サポーター「ORTHO サムブレース CMC」。医師の指導による購入が必要な医療用装具で市販はされていません(左)。一般に市販されている親指・手首用サポーターの例(右)

医療機関での治療変形が強く痛みに耐えられない場合には手術も

CM関節症の治療では、サポーター装着のほか、塗り薬などの外用剤や痛み止め(消炎鎮痛剤)の内服、関節内注射なども選択されます。痛みが強く、関節が亜脱臼を伴う高度な変形しているときには、手術が適応となる場合もあります。関節を固定する手術や、靱帯を再建する手術などがあります。

ドケルバン腱鞘炎の場合、湿布やサポーターで改善しないときには、ステロイド注射も用いられます。最終手段はこちらも手術となります。

CM関節症やドケルバン腱鞘炎に限らず、「痛いときは患部を温めるのと冷やすのとどちらがよいですか」といった質問をよく受けます。一般的には、痛くなったばかりの急性期は冷やし、痛みが何日も続いている慢性期は温めるのが基本的な対応となります。

手指の感染症にも注意を

最後に、今回紹介した以外にも料理人の方に気をつけていただきたいのが、手指の感染症です。食材の下処理中に魚の骨などが指に刺さり、細菌が入って感染を起こすことがまれにあります。赤く腫れたり、熱を持ったりしたときは病院を受診してください。放置しておくと、膿んだ患部が広がって手術が必要になる場合がありますので要注意です。

第2回「肘と腰の病気」に続く 続きを見る

講師紹介
医学博士加藤欽志(かとう・きんし)
公立大学法人福島県立医科大学スポーツ医学講座特任教授、同医学部整形外科学講座講師。日本整形外科学会専門医、日本脊椎脊髄病学会指導医、日本整形外科学会認定脊椎脊髄病医、日本整形外科学会認定スポーツ医、日本スポーツ協会公認スポーツドクター、国際オリンピック委員会認定スポーツドクター。日本整形外科学会スポーツ委員会委員や東北楽天ゴールデンイーグルスのチームドクターも務める。

提供 (株)フジマック 無断転載を禁じます。

シリーズ

料理人の“職業病” Check & Care