進化を止めない三つ星シェフが語る、
クリエイティブなキッチンとは

前編

Maison KEI
中華レンジを入れた理由

写真/後藤武浩

2020年1月27日に発表された「フランス版ミシュランガイド2020」で、アジア人シェフとして初の3つ星を獲得したのが、パリ「Restaurant KEI」の小林圭シェフ。2021年も続けて3つ星に輝いた。そして今年、小林シェフが手がけるレストランが、日本初オープンした。それが、御殿場の「Maison KEI」だ。

富士山を望める広大な敷地に立つその店は、レストランの心臓部であるキッチンの設計からスタートした。5年という長い時間をかけてレストランはオープン。充実した機器が揃っていることと同等に、小林シェフがキッチンについて重要視したのが「いかに掃除がしやすいか」だ。

中華鍋を振ることで、
新しい技術が身に付く

「料理人の仕事は、実は掃除に始まり掃除に終わる。それに1日1時間かかるのか、それとも30分あるいは10分で終えられるのか。その時間の差は1ヶ月、1年と積み重なれば膨大なものになります。その時間を、新しい料理を考えたりする、クリエイティブな業務に費やしたいのです」

一体成型型の天板や、汚れや水が機器の下に入りづらいコンクリートベース仕様で仕上げた床や、高性能な自動洗浄システムを搭載した「コンビオーブン」などが、スタッフの労働時間を充実させる。コンビオーブン以外にも「IHオーブン」「バリオクッキングセンター」「サラマンダー」などさまざまな厨房機器を備えているが、ラインアップの中で意外性があるのが「中華レンジ」。

「今まで使ったことはなかったのですが、導入してみたら、すごくいいですね。中華レンジだから当然といえば当然ですが、火力が強くてチャーハンなんかを作るととてもおいしい」

フレンチレストランでチャーハンを作るという発想はどこからくるのか。小林シェフは疑問に答える。

「ずっとフレンチをやってきて中華鍋を振ったことがない子は、実は多いのです。でも、まかないなどで中華鍋を振っていれば、いつしか新しい技術が身につく。それが重要なんです。“自分はフレンチの人間だからチャーハンは作りません”なんて考えだったら、料理人として終わっていると思う。あるいは、もしも中国へ行って料理を作る機会が巡ってきたとします。その厨房には使い慣れた機器がなく、けれども中華鍋があったなら? 決まった道具がないと自分の料理はできません、という時代じゃないし、そのときそこにある使えるものは全部使って、一番おいしいものを作ろうよ、ということだと思うのです」

逆境は成長のために必要

写真/後藤武浩

さまざまな厨房機器によって料理人の新たな可能性が広がっていくと小林シェフは言う。その先に見えているものは何か。

「僕の性格上、目標に達したと思ったら、料理人は辞めていると思うんですよね。まだそこに行き着けていないから、こうして料理人を続けている。毎日ちょっとずつでもいいから、新たな可能性に挑戦して進化できたらいいかな、ぐらいにしか思っていないです。自分なんて大した料理人じゃないと思ってますから。最終的に辞めるとなったときに、“あ、ちょっと料理がわかったかな”くらいじゃないかな。料理って正解がないじゃないですか。評論家が点数をつけたとしても、美味しさには正解はないですから」

本国のミシュランに掲載、しかも3つ星を獲得という評価は、フランスで料理人として活動する人々にとっては大きな到達点のはず。だが、小林シェフは決して満足していない。

「自己満足で終わらないって、重要ですよね。昨日もここの若いスタッフと話していて、過去に叱られたときの話題が出たんですが、怒られる時期ってキャリアの中で一度は必要だと思います。怒られないようにどうしたらいいかを考えるようになるし、それによって前に進むことができる。ビジネスだってそうです。お客さんが入らないときに、逃げようと思えばすぐに逃げられるんですね。“コロナだから”とか、“お客さんが自分の料理を分からないから”と、言い訳を見つけるのはすごく簡単です。でもそこで逃げずに、だったらどうしようかな?と考えて、一歩踏み出してみる。そこに成長があるはずなんです。だから逆境は自分のために必要だと」

未知の調理器具に触れて、新たな経験をする。怒られたら、言い訳をせずに同じことを繰り返さないように考える。そして臆せず前進する。どれも当たり前のことのようにも見えるが、成長のためには大切なこと。それを守ってきたからこそ、小林シェフは星を掴んだのだろう。

後編「Maison KEIのこれからと、フジマックに求めること」に続く 続きを見る

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