インフレに勝つ! メニュー戦略

第1回

“上手な値上げ”の秘訣

コロナ禍の傷が癒えぬうちに物価上昇と向き合う必要に迫られたフードサービス業界。飲食店コンサルティング企業・株式会社FBA代表取締役の石田義昭(いしだ・よしあき)氏に、インフレに立ち向かうために飲食店がとるべきメニュー戦略を2回にわたって解説していただきます。第1回は、値上げについて。石田氏は、飲食店経営者の意識をデフレモードからインフレモードに切り替え、店舗の魅力底上げにつながる“上手な値上げ”をすべきだと説きます。

進むインフレ。
「値上げの秋」が来る

長期化するコロナ禍に、ロシアによるウクライナ侵攻、原油高に円安などが重なり、フードサービス業界を取り巻く環境は厳しさを増しています。特に、食材費や人件費、光熱費などのコストが軒並み上昇し、利益の確保に頭を悩ませている経営者は多いはずです。

食材費の高騰については、あえて具体例を出す必要もないのかもしれません。代表的な例は、小麦価格です。輸入小麦の政府売渡価格が2022年4月に17.3%引き上げられ、小麦粉や、小麦粉を原料とする食材の価格が大幅に上がりました。穀物の値段が上がれば、穀物をエサとする牛肉や豚肉、鶏肉の価格も、食用油の価格も上がります。

10月以降にも値上げが見込まれていた小麦の政府売渡価格は据え置きの方向で調整が始まっていますが、原油価格も物流費も高騰が続いていますし、円安も重なって、今後、輸入食材や燃料費の価格が下がるとは考えにくい状況にあります。民間の信用調査機関の調べでは、食品・飲料の値上げ品目数は、10月には8月の2.5倍に及ぶとされています。コロナ禍で先行きが不透明なまま、秋にはもう一段の値上げラッシュがやって来ます。

パート・アルバイトの人件費も上がります。2022年度、最低賃金の全国加重平均は2021年度よりも時間当たり31円引き上げられ、時給961円となる見込みです。2002年度以降で最大の引き上げ幅です。時給は2002年度には663円でしたから、この20年間でほぼ5割増しとなります。しかも、これは「最低」賃金であって、東京の都心部では、時給1300円でも人手が確保できない店があります。

飲食店が利益を出す上で重要な経費は、食材原価と人件費、つまりFLコストです。そのFとLの両方がかつてない勢いで上昇しているのです。小規模な飲食店が「利益を減らして、凌ぐ」といった企業努力でなんとかできるレベルではありません。基本的に、メニュー価格の値上げ以外で利益を確保するのは、至難の業といえるでしょう。

値上げをためらっている方へ

多くの経営者は、「メニューを値上げしたら、お客様が離れてしまうのではないか」と心配しておられるでしょう。無理もありません。バブル経済の崩壊から四半世紀あまり、フードサービス業界は、価格を上げない努力、値段を下げる努力ばかりを続けてきました。その感覚が染みついている方が大多数で、値上げをしたことのない経営者が多いはずです。

お客様は、原材料費などが高騰している状況を理解しています。フードサービスの調査機関からは、「消費者の7割程度が、外食の値上げについて一定の理解を示している」という調査結果が発表されています。コロナ禍による支出抑制で、多くの家庭にはお金がじわじわと貯まっています。多少値段が上がっても、外食という身近なレジャーをあきらめる人は少ないと解釈することはできるはずです。

もちろん、こうした調査は、「あなたの店が値上げしても、お客様は離れません」といった保証はしてくれません。ですから、大手チェーンが値上げに踏み切っている様子を見て、その結果を待ちたいと考える方もいるでしょう。しかし、大手の業績が発表されても、そこから値上げの影響だけを見極めるのは困難です。というのも、仮に客数が減った場合、それは値上げではなく、新型コロナウイルス第7波の影響かもしれませんし、会食自粛ムードが影響している可能性もあります。猛暑による外出控えも客数に大きく影響します。今は、いくつもの要因が複合している状況です。「値上げをしてもお客様は離れない」という確証は、いつまで待っても得られないと思います。体力が残っているうちに値上げをするのが賢明なのではないでしょうか。

価格転嫁だけが値上げの方法ではない

値上げを決断した場合のノウハウに話を移します。最もオーソドックスな値上げは、コスト上昇分をそのまま価格に転嫁する方法です。食材費が20円上ったら、メニュー価格も20円上げる。あるいは、営業利益率が従来の水準と同じになるよう、人件費や光熱費の上昇分も含めて50円上げる、といった形です。こうした機械的な価格転嫁は根拠が明確で、やりやすいと思います。

値上げ幅は、10%を軸に、8~20%の範囲内で検討するとよいでしょう。もちろん、値上げ幅が小さい方がベターですが、どの程度の値上げが必要かは店の経営環境によって異なります。その際、メニューのカテゴリーごとに、「コーヒーなら1杯500円まで」「ランチなら1000円まで」といった値ごろ感の壁となる価格がありますので、その壁を超えそうな場合は、値上げ幅を抑える工夫は必要でしょう。どの程度が自店に適した値上げ幅なのか迷うようでしたら、街に出て競合店の価格を調査してみてください。

ただ、こうした機械的な価格転嫁だけが値上げの方法ではありません。どうせ値上げをしなければいけないのならば、視野をより広げてメニューブック全体を見直し、店舗の魅力を高める値上げを目指しましょう。他店に真似をされるくらい上手な値上げをしたいものです。

キーワードは「付加価値」。今どきの表現をすれば、「コスパ(コストパフォーマンス)の高さ」です。お客様は「値段が何%上がったか」で注文するのかどうかを決めるのではなく、値上げ後のメニューが、その価格に見合っているかどうかで判断します。10円値上げしてビクビクするよりも、100円値上げしてお客様がもっと喜ぶ方法を考えましょう。

「あえて増量」も選択肢に

メニューブックを見渡し、価格を上げながらお客様の満足度も高める際の切り口をいくつかお示しします。

【増量】

まずは頭を軟らかくしていただきたいので、逆張りの手法をご紹介します。ボリュームを増やすことで、魅力がアップするメニューはないでしょうか。チャーハンを50g増量するといった全体の量を増やすことも当てはまりますし、エビフライのサイズを「ジャンボ」と呼べるくらい大きくする、ステーキの厚みを5割増しにする、上に載せるチーズの量を2倍にする、というように、特定の食材やトッピングを増やすのも効果的です。増量に伴う原価増が仮に30円だったとしても、新しい価格は100円増しにすれば、そのメニュー全体で原材料費の上昇分を吸収できますし、商品力は向上します。

逆に、価格を据え置く代わりに、内容量を減らす「ステルス値上げ」は、減量に気付いたお客様から反発を受けるリスクが高い手法です。ただ、ひと手間加えることでお客様から「良くなったね」という言葉をいただけるのであれば、選択肢から排除する必要はありません。とんかつにスリットを入れて箸で切れるように軟らかくするとか、ハンバーグをホイルで包み焼きにするといった手間のかけ方です。

【演出】

基本的に外食は最も身近なレジャーの一種です。音が出る、美味しい匂いが漂ってくる、見た目が華やかになるなど、臨場感のある、非日常的な演出は、商品全体の価値を高めます。そうした演出を取り入れた上で価格を見直しましょう。皿で提供するのではなく、アツアツの鉄板に変えることでシズル感がアップするメニューがあるはずですし、仕上げを客席で行うパフォーマンスを考えてもよいでしょう。

【食べ方の提案で併売】

100円、200円レベルのサイドメニューを加えることで、食べ方の提案ができるメニューはありませんか。原価率の低い「もう一品」のサイドメニューを注文してもらえれば、本体の価格を上げなくても、トータルでコスト上昇分を吸収できます

揚げ物なら、小皿に5種類の調味料を入れた「味変セット」であるとか、地元の名産品を生かしたトッピングなどです。原価率10%で「今月の100円ゼリー」や「箸休めのだし巻き卵」などを店内調理して併売できれば、客単価が上がり、トータルの原価率を従来どおりに維持できます。

【単価の高い特別メニュー】

人は「松竹梅」と3つのランクがあると、どうしても真ん中にある「竹」を選ぶ傾向にあります。利益率が高く、ごちそう感のある高単価の「松」メニューも数品、差し込んでいきましょう。分かりやすいのはランチです。接待にも使える「松」のメニューを新たに用意し、真ん中の価格帯となる竹のカテゴリーを少し値上げします。今、800円にしているものを900円にするといった具合です。

アラカルトでは、「映え」をキーワードに単価の高いメニューを考えましょう。お客様はスマートフォンを持っていて、自分の食べたメニューを画像に収めたいのです。2人で来店した場合、同じメニューを頼むのではなく、写真映えするメニューをそれぞれ頼みますので、どちらにするか迷うような映えメニューを2品以上作るとよいと思います。基本は彩りと立体感、素材感です。10種類のサラダ、小さなポーションのものを数多く。デザートも見た目が大事です。どのようなメニューが流行しているかは、ネットで「インスタ映えメニュー」などと検索すれば実例がたくさん出てきますので、参考になさってください。

メニュー分析による値上げ ~ABC分析~

より科学的な手法でメニュー全体を分析し、その結果をもとに価格を変更する方法も説明しておきます。

基本は、売上高のABC分析を活用した値上げです。すべてのメニューについて、一定期間(例えば月間)の売上高を多い順に積算していきます。積算ラインを全体売上高の75%、90%とし、売上高の積算で0~75%を占めるメニュー群をA、76~90%のメニュー群をB、91%以降のメニュー群をCとランク付けします。

私がお勧めするのは、このうち、Aランクの下位とBランクの上位について、値上げをする方法です。出数の多い看板メニューは価格を据え置いて、「売れ筋上位ではないが一定の注文があるメニュー」が値上げの対象となってくるはずです。例えば、洋食店であれば、ハンバーグステーキではなく、イタリアンハンバーグやアメリカンハンバーグが、ラーメン店であれば醤油ラーメンではなく、唐揚げラーメンや、もやしラーメンなどを値上げするわけです。こうすると、「値段が高くなった」という印象を和らげつつ、コストの上昇分を値上げしたメニューで吸収できます。

ABC分析の例。店舗名やメニュー名等は架空のものです

もちろん、店ごとに事情が異なると思いますので、どの順位のメニューを、どの程度値上げするかは店ごとの判断で結構です。

もう一つ、メニューエンジニアリングマトリクス(MEM)を使ってメニュー分析をし、値上げするメニューを見極める方法があります。この内容については次回、値上げ告知の方法やテイクアウトにおける値上げの考え方などと併せてご説明したいと思います。

第2回「テイクアウトも値上げすべき?」に続く 続きを見る

講師紹介
株式会社FBA代表取締役 
フードビジネスコンサルタント
石田義昭(いしだ・よしあき)
経営コンサルタント歴30年。「無敵の飲食店づくり」をテーマに経営支援を全国で行なっている。「顧客誘導と飲食店経営」を理論体系化し、顧客心理に訴える具体的な戦術指導には定評がある。3~5坪の小さな店から大型店まで、直接指導店舗数は1,500店を超え、顧問店の中から超繁盛店・多店舗展開企業などを数多く輩出している。USJ隣接の商業施設「ユニバーサル・シティウォーク大阪」内「風神雷神」、東京ドーム「ラクーア」飲食施設、大洗リゾートアウトレット飲食施設など大規模な商業施設のプロデュースも手掛ける。

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