試練に立ち向かう同業者へのエール

明けぬ夜はない

熊谷 喜八ムッシュ
(株式会社フードクリエイション)

永遠にこのままではない

暗い時期がとても長いですよね。東京オリンピック・パラリンピックのときに緊急事態宣言が出ている状況はほとんどの人が想像できなかったはずです。でも、永遠にこのままの状況が続くわけではありません。明けない夜はないのですから。戦争中とか、もっと悲惨な時代は日本にもあったわけです。その苦しみに比べたらまだいいんだと思った方がよいと思います。「どん底」と言いますが、今がまさにその「底」です。底があるということは、あとは上がっていくだけです。夜が明ければ違う世界がやってきますよ。

ただ、一つ言っておきたいのは、何でもコロナのせいにしてはいけないということです。感染拡大防止のためにさまざまな規制がかかってはいるけれど、力がある店は、席数を減らし、ルールを守った上で、今もなお予約が取れない状況が続いています。コロナだからといって、人間、何かは口にします。食事の回数が減ったわけでありませんし、外食の頻度が減ったとしても、ゼロになっているわけではありません。濃淡はありますが、外部の環境は同じ。その中で、「あの店の料理を食べたい」とお客様に目指される店は経営が成り立っているという現実も見ないといけないでしょう。

一流を目指して力をつける

こういうときだからこそ、力を付けましょう。一流になるために、技術を磨きましょう。コロナが来ようが来るまいが、底からはい上がる上で自分が信じることができる絶対的なものを身に付けるのです。一流と呼ばれる店の料理人は、一度に提供する食数が50食だろうが100食だろうが、1から10まで絶対に手を抜きません。そのような目配りができる店にお客様は集まるのです。食べ手としてのお客様を見くびらない方がいいです。料理を食べ込んでくると、刺身一枚食べたって、焼き魚を一切れ食べたって、仕事の違いは分かります。

一流のプロには、環境の変化に左右されることのない技術と精神力が備わっています。そのための訓練や鍛錬をしています。ゴルフでいえば、メジャーな大会で優勝できるようなプロは、スイングやパットの練習だけをしているのではありません。筋トレをしてスイングに必要な筋力をつけ、数日間に及ぶ試合で最良のパフォーマンスを継続する体力を身に付けています。集中力を切らさないためのトレーニングも然りです。

料理人も同じです。同業者から、「あの人、凄いね」と尊敬されるだけの力を身に付けましょう。その域に到達できない人は、やはりどこかで言い訳をして、手を抜いているのだと思います。これは、私がいろいろな店を指導し、さまざまな料理人を見てきた経験に基づく実感です。

世界を意識し、自己研さんを

最後に、特に若い料理人の方に申し上げたいことがあります。日本は、フランス料理もイタリア料理も、その技術水準は世界のトップレベルにあります。これからはぜひ、世界に出て行くことを意識してください。そのためには腕を磨くだけではなくて、言語が必要です。これからはアジアの時代です。日本語を話す人は世界の2%しかいないのですから、少なくとも英語が話せなくては世界では戦えません。調理の腕だけでなく、語学力も身に付けましょう。志を大きく持ち、世界に羽ばたいてください。

プロフィール
熊谷 喜八(くまがい・きはち)ムッシュ

1946年東京生まれ。銀座東急ホテルを皮切りに、1969年より、セネガル、モロッコ日本大使館料理長を歴任後、1972年パリ「マキシム」、「パヴィヨンロワイヤル」を経て、当時ジョエル・ロブション氏が率いていた「ホテル・コンコルド・ラファイエット」でセクションシェフを務める。1975年帰国後、「シルバースプーン」料理長を務め、1977年より葉山「ラ・マーレ・ド・チャヤ」の総料理長を務める。1986年、株式会社サザビーとの共同出資で株式会社キハチアンドエスを設立し、翌年、南青山に「KIHACHI」を開店。現在、株式会社フードクリエイション代表取締役。全日本司厨士協会総本部副会長、食育推進委員長。黄綬褒章受章。現代の名工。

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