試練に立ち向かう同業者へのエール

Merci infiniment et Convivialite.
“創味伝承”

渡辺 雄一郎シェフ
(Nabeno-Ism/ナベノイズム)

「できること」を考え、
行動に移す

コロナ禍は、宇宙人の襲来ぐらい想像できなかったことです。ええ、まったく予想できませんでした。ただ、僕は今に至るまで、周囲があきれるほどポジティブに考え、振る舞い、行動し続けています。料理にはメンタルが影響しますので、楽しくなければおいしい料理は作れません。何より、「Nabeno-Ism」という館の主である僕がしょぼくれている姿など、スタッフは誰も見たくないはずですから。ポジティブな自分を演じるくらいの感覚で厨房に立っています。

2020年、本来なら夏に東京オリンピック・パラリンピックがあって、僕らの料理を楽しみにしてくださっている国内外のお客様で店のテーブルが埋まるはずでした。しかし、春先に緊急事態宣言が出ることが決まったため、宣言が出る直前から2週間、店を休みました。お客様の安全と従業員の健康を守らなければならないと思ったのです。その休業期間を、僕自身は一筋の光を求めてアクションを起こすための準備に使いました。

一筋の光を求め、
アクションを起こした

僕らがお客様に喜んでいただけるものは何だろうか、できることは何だろうか――。立ち上げたのが、オンラインショップです。取り扱う商品の条件は、料理人である僕らが事故を起こすことなく確実に作れて、美味しくて、お客様に喜んでいただけるもの。テリーヌやホームメイドのカレー、焼き菓子の詰め合わせなどを販売することにしました。お弁当のような選択肢もありましたが、お弁当は同じ街に専門のお弁当屋さんがあるわけですから、売上高ほしさに僕らが無理矢理やるものじゃないと考えました。

オンラインショップを始めて1年以上が経ちました。お客様から認知されただけでなく、食品メーカーからレトルトカレーのお声かけをいただいたり、冷凍ハンバーグのお話が来たりするようになってきました。今度、数種類の冷凍食品も販売することになりました。一筋の光は、光の束となって、その広がりを増しつつあります。

あらゆる風を受け止め、
粉を挽く

同業の方々に向けたメッセージの色紙には、いつも書いている僕の信条を書きました。「Merci infiniment et Convivialite.」と「創味伝承」です。「Merci infiniment」は「無限大のありがとう」、「Convivialite」が、「食卓の楽しみ」とか「懇親性」です。お客様や、私を育ててくれた方々、仲間、お取引先、家族などすべてに感謝しながら、楽しい食事ができる空間をお届けし続けます。スタッフには「テーブルにいる自分の家族に料理を出すのと同じ気持ちで臨みなさい」と話し、お客様には、「別荘に来るような感覚で、居心地のいい場所で楽しい食事をしたくなったらうちの店に来てください」とお伝えしています。

日本語の「創味伝承」は、「味を作り上げ、その味を伝承していく」という僕が考えた造語です。伝承をするには店を続けなければなりませんよね。浅草・駒形には、どじょう一本で200年も続いている老舗があります。どじょうだけで、200年ですよ。この地には、まんじゅうや最中、せんべいなど、食に関して一つの分野を極め、長く続けている老舗がいくつもあって、街から“気”のようなものを感じるんですね。「継続は力なり」を教えてくれるこの浅草・駒形の地で、フランス料理の料理人として、新しい味を作り上げ、その味を伝承していきます。コロナ禍であろうと、その信条に変わりはありません。

当分、フードサービスの世界では、瀬戸際の状況をうまくコントロールしていくようなかじ取りが求められるのでしょう。商売をしていれば、逆風を受けることもあります。けれども、そこから逃げることなく、風車のようにあらゆる風を受けとめて、粉を挽きながら、商売を続けていくことが大事だと考えています。

プロフィール
渡辺 雄一郎(わたなべ・ゆういちろう)シェフ

1967年千葉県生まれ。1988年大阪あべの辻調理師専門学校を卒業後、同校フランス校へ進学し、フランスの各店で研修し、「ル・マエストロ・ポール・ボキューズ・トーキョー」に勤務。1994年、東京・恵比寿のシャトーレストラン「タイユヴァン・ロブション」のオープンに携わり、96年スー・シェフに就任。98年「カフェ・フランセ」にてシェフ経験後、2004年からは「ジョエル・ロブション」のエグゼクティブシェフを務める。2016年7月、東京・駒形に「Nabeno-Ism」を開店。

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