元料理長が教える 今さら聞けないHACCP講座

第1回

なぜ今、HACCPなのか?

坂場一昭

2017年6月に、食品衛生法が改正されました。実に15年ぶりとなる今回の改正では、フードサービスの現場で働く人にとって、非常に重要な変更が行われています。「HACCP(ハサップ)の制度化」です。

衛生管理に気を配っているフードサービスの関係者であれば、HACCPという言葉を聞いたことがある人が大半だと思います。ただ、さらに突っ込んで「なぜHACCPが制度化されたのか」と尋ねられたときに即答できる方は少ないのではないでしょうか。

これから10回にわたってHACCPについてご説明をします。私はホテルのキッチンで宴会料理長などを経験していました。その間、HACCP導入プロジェクトの責任者も務めました。現場経験を踏まえ、主に若手の料理人の方を想定して、「HACCPとは何だろう?」との疑問にお答えできるよう、丁寧に説明していきたいと思います。

更新日:2018年12月13日

食品衛生も国際標準の時代

今回の食品衛生法改正では、原則として、HACCPに沿った衛生管理の実施が事業者に求められるようになりました。どうしてでしょう? 国が公表している「食品衛生法等の一部を改正する法律」の「理由」という部分に、その答えがあります。「国際標準に即して事業者自らが重要工程管理等を行う衛生管理制度の導入」を講ずる必要があると記載されているのです。この「国際標準」という言葉がHACCP制度化のキーワードです。

厚生労働省HPの食品衛生法の改正についてのイラスト

皆さんがお使いの1/1サイズのホテルパンは、530mm×325mmですね。1/2サイズであれば、長辺の長さが半分になります。これは日本だけでなく欧州などでも同じです。「G/Nガストロノーム規格」という国際的な規格でサイズが定められているからです。これは、モノや道具など、いわゆる「ハード」に関する国際標準の例です。

これに対して、モノではなく、管理に関する方法論など、ソフトの国際的な標準もあります。環境問題に対応した組織運営の方法である「ISO14001」などが有名です。食品衛生についても、その国や店舗ごとの自己流ではなく、世界共通の標準化された手法で取り組むべきだという流れになっているのです。

では、どのような手法で取り組めばよいのか。食材関連の国際機関である国連食糧農業機関(FAO)と、衛生を管轄する国際機関の世界保健機関(WHO)が合同で定めた「CODEX(コーデックス)」という食品規格があります。そのCODEX規格委員会の文書に、このような記載があります。「食品の安全性を向上させる手段として、HACCPに基づいたアプローチを勧告する」――。

国際的な機関が、科学的な知見を踏まえてHACCPに基づいた衛生管理を求めているのですから、日本もその流れに沿い、衛生管理に関してはHACCPに基づいて行うのが妥当である。これが、今回の食品衛生法の改正でHACCPが制度化された基本的な考え方です。

日本は2020年に東京オリンピック・パラリンピックの開催を控えています。2025年の万国博覧会も大阪での開催が決まりました。日本は今後、外国からより多くの観光客や滞在者を迎えることになります。食の国際化に加えて、その安全性を確保する食品衛生の国際化も避けては通れない道と言えるでしょう。

アスリートや各国の要人、高齢の方が日本を訪れ、食事をします。「どのような衛生管理をしていますか」と尋ねられた時に、HACCPを導入し、正しく運営していると言い切れなければ、お店や施設の食の安全に関する信用の裏付けは乏しいものとなってしまいます。

「おいしくて、安全」は料理人の責務

そもそも料理人の仕事とは何でしょうか。「おいしい料理を作ること」。間違っていないでしょう。ただ、それだけでは十分とは言えないのではないでしょうか。お客様にお出しする料理が安全であること。これが第一です。美味しい料理を作る以前に、その料理が安全なものでなければ、フードサービス業としては失格です。安全な料理を提供することは、料理人の仕事であり、責任でもあります。

では安全でさえあれば味は二の次で、マズい料理でもよいかと言えば、それも違います。例えば念には念を入れの精神で加熱をし過ぎてパサパサになった肉料理は、お金を頂戴する商品としての価値が大きく落ちてしまいます。詳しくは今後の連載で解説しますが、HACCPは食味をできるだけ損なうことなく、安全な食品(料理)を提供することを目指した衛生管理の手法です。食味と安全の両立を図ろうとする考え方に基づいています。 HACCPに沿った衛生管理を理解し、実践して、「おいしくて、安全」な料理を提供していきましょう。

料理人の条件のイラスト

講師紹介

元ハイアットリージェンシー東京 調理部長、全日本司厨士協会幹事会員
坂場一昭(さかば・かずあき)
1952年1月東京生まれ。70年から調理の道に入る。京王プラザホテルを経て、80年にセンチュリーハイアット東京(現ハイアットリージェンシー東京)に入社。ガルドマンジェアシスタントシェフ、宴会シェフ、宴会厨房改修プロダクトマネジャーや調理部長、食品衛生担当課長などを歴任。日本エスコフィエ協会会員、全日本司厨士協会幹事会員。

提供 (株)フジマック 無断転載を禁じます。