元料理長が教える 今さら聞けないHACCP講座

第7回

HACCPは楽なシステム?

坂場一昭

今回は言葉の整理から入りたいと思います。「HACCPに基づく衛生管理」と「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」とは何が違うのでしょうか。さらに、「HACCPに沿った衛生管理」という言葉もあります。いずれも、食品衛生法を管轄する厚生労働省の資料や、自治体のHACCP説明資料でよく出てくる表現です。

更新日:2019年01月28日

「HACCPに基づく衛生管理」「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」「HACCPに沿った衛生管理」三つの表現図

三つの表現を図に整理してみました。まず、「HACCPに基づく衛生管理」は、HACCPそのものです。コーデックスが定めたHACCPの7原則に従って運用する、科学的で厳格な衛生管理です。この連載では、この「HACCPに基づく衛生管理」を念頭に説明をしてきました。食品衛生法が改正される前は、「基準A」と呼ばれていた衛生管理の運用基準です。

一方、「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」は、HACCPの徹底度が下がります。一般衛生管理を基本とし、HA(危害要因分析)やCCP(重要管理点)の考え方をできる限り取り入れて、HACCPに準じた衛生管理を行うものです。厚生労働省の文書では、「弾力的な運用」という表現が使われています。法の改正前は「基準B」という衛生管理の運用基準名でした。

衛生管理の厳格さでは、「HACCPに基づく」(旧基準A)>「HACCPの考え方を取り入れた」(旧基準B)という関係です。そして、両者を包含した最も広い概念が、「HACCPに沿った」衛生管理です。厚生労働省「HACCPに沿った衛生管理の制度化に関するQ&A」前文には、こう記されています。「平成30年6月13日に交付された食品衛生法等の一部を改正する法律では、原則として全ての食品等事業者の皆様にHACCPに沿った衛生管理に取り組んでいただくことが盛り込まれています」。

大半は「考え方を取り入れた」組か?

2018年12月現在、厚生労働省の検討会で、今後、定める予定の厚労省の省令で、どのような事業所を「HACCPの考え方を取り入れた」衛生管理の対象とするかについて、検討が進んでいます。2018年11月開催の会議では、その対象業種や規模などの基準案が示されました。下のスライドです。

施行令で定める「取り扱う食品の特性に応じた取組の対象事業者」の規定の考え方」

あくまでも案の段階ですが、1つの事業所で、調理従事者が50人未満の場合や、食品の種類が多く、メニュー変更も頻繁な飲食店は、製菓店などと共に、基準が緩い「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」の対象事業所に含まれる流れのようです。フードサービスに携わる施設のほとんどが、こちらの対象となるように見えます。

「安心した」という人が多いのではないでしょうか。それも結構です。ただ、よく考えてください。連載の第1回で紹介したとおり、CODEX規格委員会では、「食品の安全性を向上させる手段として、HACCPに基づいたアプローチを勧告する」としています。HACCPの7原則による、高度な衛生管理が世界の潮流です。省令で規定されるようなことがなかったとしても、衛生管理のハードルを上げて、HACCPに正面から取り組んでいただきたいと私は考えています。

HACCPは柔軟性のあるシステム

ちなみに、「HACCPに基づいた衛生管理」も、国際的にはさまざまな運営のレベルや手法があります。宇宙食製造のような超厳格な基準を設けるケースもあれば、クリーンルームを設ける工場での導入手法、一般のフードサービス施設でも実施可能な手法まで多様です。フードサービスは、現実に即した運用を目指す「リテールHACCP」と呼ばれる分野でシステムを検討するのが一般的です。

冷凍食材の管理・流通について例を挙げます。機械的に「マイナス18℃以下」か、さらに低温での保管・流通を基準に据えるべきだと考える方が多いと思います。しかし、フードサービスの現場では、冷凍車ではなく、冷蔵車や常温車で、他食材との混載で配送される冷凍食材もあるのではないでしょうか。

食品工場であれば、マイナス温度帯での温度管理まで徹底しますが、これまで常温車で配送していた食材業者さんに、冷凍車の導入を頼めるような施設は少数だと思います。そこで、リテールHACCPでは、「検収時に、冷凍食品が溶け始めていないこと」といった管理基準を設けます。現実的な解を探して、衛生管理の基準に落とし込んでいきます。HACCPは楽に導入できる簡単なシステムではありません。しかし、柔軟性のあるシステムなのです。

講師紹介

元ハイアットリージェンシー東京 調理部長、全日本司厨士協会幹事会員
坂場一昭(さかば・かずあき)
1952年1月東京生まれ。70年から調理の道に入る。京王プラザホテルを経て、80年にセンチュリーハイアット東京(現ハイアットリージェンシー東京)に入社。ガルドマンジェアシスタントシェフ、宴会シェフ、宴会厨房改修プロダクトマネジャーや調理部長、食品衛生担当課長などを歴任。日本エスコフィエ協会会員、全日本司厨士協会幹事会員。

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