元料理長が教える 今さら聞けないHACCP講座

第4回

一般衛生管理は
HACCPの土台

坂場一昭

今回は実話のご紹介から始めます。ある施設に、体調が優れず、出勤前に嘔吐をした調理スタッフの男性がいました。彼は職場のルールを守って、出勤時に記入する健康チェックシートの「嘔吐」の欄にも〇印を付けました。しかしそのまま調理の仕事に就き、案の定、その施設で集団食中毒が発生しました。彼が感染していたノロウイルスが原因でした。

更新日:2019年01月07日

この施設では、健康のチェック表はありましたが、その記載内容を確認する仕組みがなかったのです。感染していた男性は、嘔吐したときに厨房に立ってはいけないという知識はあったはずです。しかし、自分が抜けたら周囲が困るだろうという一種の責任感からか、あるいは、体調不良を上司に伝えたら叱られると思ったのか、チェックシートに事実を記入しただけでした。辛い思いをしながら、チーフや料理長から声がかかるのを待っていたはずですが、チェックシートは誰も見ずに、その日の夕方にファイルに綴じられてしまいました。防げたはずの事故です。

どのように改善すればよいでしょうか。マニュアルに「体調が悪い時は健康チェックシートに記入するとともに、その内容を責任者に伝えること」という報告義務を追加することが必要です。あるいは、「責任者は健康チェックシートを始業前とディナー前に確認し、サインする」などの手順を明文化してルールにする必要があります。

自分たちの施設において、食材の仕入れから料理の提供に至る工程の中で、メニューごとに、危害が発生する要因がどこにあるかを調べること。これがHA=危害要因分析です。危害要因分析をするためには、どのような食材を使ってどのようなオペレーションをしているのか、などについて、レシピを含め正確に把握する必要があります。そうした危害要因分析の準備が、7原則12手順のうちの手順1から手順6に相当します。

HACCPの土台となる一般衛生管理

こうしたルールはHACCPの枠組みの中で決めていくべきものでしょうか。個別の食材やメニューではなく、調理全般に共通する仕組みです。HACCP導入の前提となる、ソフト(オペレーション)やハード(主に施設)の基本的な衛生管理のことを「一般衛生管理」と言います。HACCPを精緻に設計しても、土台となる一般衛生管理がザルであれば、HACCP導入による「おいしくて、安全」は絵に描いた餅になってしまいます。

ここで少し専門用語について触れておきます。誰もが同じやり方で行うべき作業の方法論のことを「標準作業手順」と呼びます。英語ではSOP(Standard Operating Procedures)です。料理のレシピもSOPに相当します。このSOPのうち、衛生管理に特化した作業手順を、「衛生標準作業手順」と呼びます。 英語ではSSOP(Sanitation Standard Operating Procedures)です。「いつ、どこで、だれが、何を、どのようにするか」を明確にしたSSOPの文書そのものをSSOPと呼ぶこともあります。

HACCPと一般衛生管理の関係、SOPとSSOPの関係が分かっていただけたでしょうか。両者を組み合わせますと、HACCP導入の前提となる一般衛生管理における標準作業の手順がSSOPとなります。これらの用語については、職場などによって解釈や使い方に幅があります。実務で抜け・漏れがないように言葉が体系的に整理されていて、それぞれの関係をスタッフの方が理解していればそれでOKだと思います。

HACCP 一般衛生管理

衛生のガイドライン「大量調理施設衛生管理マニュアル」

日本では、この一般衛生管理とHACCPの両方の概念をカバーして作られた、フードサービス用の食品衛生ガイドラインが、厚生労働省から公表されています。「大量調理施設衛生管理マニュアル」です。今から約20年前の1999(平成9)年の初版時点で、このマニュアルの作成方針を説明した部分に「HACCPの概念に基づき」との記述があります。(https://www.mhlw.go.jp/www1/houdou/0903/h0317-3.html)

私を含め、多くの食品衛生担当者は、このマニュアルを衛生管理の拠り所としてきました。連載第2回で紹介した各自治体の認証制度も、このマニュアルをベースに組み立てられている場合が多いです。タイトルの通り大量調理施設が対象ですが、小規模店もこのマニュアルを参考にすることが推奨されています。

このマニュアルの良い点は、食品衛生についての環境変化に応じて内容が見直されることにあります。直近の改正は2017(平成9)年の6月でした。実はこの時の改正で、冒頭で紹介した事故に関係する項目が新たに加わっています。「調理従事者等は、毎日作業開始前に、自らの健康状態を衛生管理者に報告し、衛生管理者はその結果を記録すること」。スタッフによる管理者への「報告」をルールに加えたわけです。

また、厚生労働省は、この項目を追加した理由を説明する文書を発表しています。そこにはこう書かれています。「食中毒調査結果によると、食中毒の発生原因の多くは、一般衛生管理の実施の不備によるものとされており、(中略)、毎日の調理従事者の健康状態の確認及び記録の実施等について、本マニュアルの一部を別添のとおり改正することとしました(後略)。(https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11130500-Shokuhinanzenbu/0000168026.pdf) 今回説明した「一般衛生管理」という言葉が出ていることがわかりますね。

最後にクイズを。ノロウイルス対策で、料理人がおろそかにしてはいけない「作業」とは何でしょうか。次回はその答え合わせから始めます。

大量調理施設衛生管理マニュアルの写真

講師紹介

元ハイアットリージェンシー東京 調理部長、全日本司厨士協会幹事会員
坂場一昭(さかば・かずあき)
1952年1月東京生まれ。70年から調理の道に入る。京王プラザホテルを経て、80年にセンチュリーハイアット東京(現ハイアットリージェンシー東京)に入社。ガルドマンジェアシスタントシェフ、宴会シェフ、宴会厨房改修プロダクトマネジャーや調理部長、食品衛生担当課長などを歴任。日本エスコフィエ協会会員、全日本司厨士協会幹事会員。

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